台湾原住民族の若者たち  ―言語とアイデンティティ―

1.はじめに

2. WalawさんとWasangさんからの聞き取り

 2-1 崋山1914文創園区のイベントとWalawさんとの出会い

 2-2  WalawさんとWasangさんの生い立ち

 2-3 言語検定とその現状

 2-4 原住民族諸語の使用状況

 2-5 仕事のやりがい

 2-6 2人の今後について

3.PaletjuさんとLjaljavaさんからの聞き取り

 3-1 「LiMA旗艦店」について

 3-2 Paletjuさんの生い立ち

 3-3 Ljaljavaさんの生い立ち

 3-4 2人の今後について

4.まとめ

 

黒田楓花

鈴木萌子

 

1.はじめに

 私たちは原住民族諸語の研究を行っている財團法人原住民族語言研究發展基金會のスタッフ2人と、原住民族の大学生2人にインタビューを行った。

 インタビューを通して彼らは自身のアイデンティティとどう向き合っているのか、また原住民族諸語は現在どのような状況にあるのかを知り、今後のエスニックグループの在り方について述べていく。

 

 

2. WalawさんとWasangからの聞き取り

2-1 崋山1914文創園区のイベントとWalawさんとの出会い

 私たちは2023年2月18、19日に崋山1914文創園区で開かれた世界母語デーのイベントを訪れた。言語フェスティバルには原住民族諸語、客家語といった言語関連のブースや、原住民族料理が並べられている屋台もいくつかあり、会場は多くの人で賑わっていた。

 このフェスティバルに、原住民族諸語について研究や教育を行っている「財團法人原住民族語言研究發展基金會」が出展しており、ブースにはパンフレットや原住民族諸語教育に使われる本が並んでいる(画像1)。 また、イラストや様々な言語が載ったパネルを見せてもらった。これは主に幼児から小学生低学年向けのもので、ペンでタッチすると音声や音楽が流れてくる(画像2)。

 

画像1:言語に関する本が並べてある様子

画像2:音声が流れるパネル

 

 このブ-スの中で日本語が話せる台湾人のWalawさんという男性と出会った。Walawさんは「コロナ禍が明けて久しぶりに外国人と交流が出来て嬉しい」と私たちを歓迎してくれた。私たちはWalawさんからお話をさらに聞くために後日基金会へ伺い、Walawさんの同僚であるWasangさん (女性)も交えて、2人に日本語でインタビューをした。なお、2人の表記は共にアミ語の名前であり、興味深いことにWalawさんは原住民族ではなく閩南人である。

 

 なお財團法人原住民族語言研究發展基金會(以降「基金会」と表記)は、中世紀念堂駅出口の近くにあり、主に台湾の原住民族が使用する言語の研究や言語教育による復興活動、言語辞書や言語検定の開発・編集などを行う組織である。未だ解明されていない言語も存在し、同族の中でも使用形態が異なることなど複雑であるため研究は続いている(画像3)。

 台湾原住民族諸語の分け方や名称は、政治・行政的分類や文化人類学的分類、言語学的分類などによって異なるだけでなく、日本統治時代、中華民国時代などと時代によっても分けられている。さらに、研究者が言語の類似性や口頭伝承によって系統的に分類するものもある。(日本順益台湾原住民研究会,1998)。

 

画像3:基金会正面

 

2-2  WasangさんとWalawさんの生い立ち

 Wasangさんは台東県で生まれて、幼稚園児の頃に桃園市に移り住んだ。台湾の四大族群の中では、原住民族に属する。Wasangさんも祖母に教えられて日本語を話すことができる。

 大学は東華大学に進み、原住民族に関する研究をした。さらに“アミズ生徒会”と言うサークルに属しており、原住民族に関わる活動をしていた。今でも毎年地元の祭りに参加するなど伝統行事を大切に考えている。

 アミ語は小さいころから家族と話しているうちに自然と身についたそうだ。しかし日常会話では北京語を使用するので、「アミ語を忘れてしまいそう」「故郷に帰って年上の人と話すときは間違えたら指摘されるから少し緊張する」と笑いながら語っていた。Wasangさんは小さい頃から原住民族である意識を強くもっている。そして原住民族に関わる仕事がしたいという思いから、現在の基金会に携わることになった。

 Walawさんは宜蘭県で生まれ育ち、台湾の四大族群の中では閩南人に属する。祖父から日本語を学び、話すことが出来る。台湾大学への進学で台北に移り住み、大学院を修了している。

 Walawさんが非原住民でありながら、原住民族について強く意識を持つようになったのは、大学4年の卒業後に行った台湾一周旅行で、アミ族の豊年祭に参加したことがきっかけだそうだ。「台湾の中でもこんなに文化が違うのかと発見があり、もっと知りたくなった」と語る。そこからWalawさんはアミ語の勉強を始め、言葉を交わすことの楽しさや文化の面白さに気が付く。そして多くの人の助けになればという思いから、基金会に携わることになった。 当時は家族や周りの人に原住民族諸語を話せる人はおらず、独学で苦労したこともあったそうだが、現在では言語検定で「高級」を取得済みである。(後述)

 

2-3 言語検定とその現状                              

 台湾には原住民族諸語の能力試験がある。4月と12月に言語検定を開催しており、初級-中級-中高級-高級-優級の5段階評価を行う。そして基金会も言語検定対策の教材作りを行っている。この検定は原住民族であれば、一定の成績を取得すると大学試験においてプラス評価される制度などもあるようだ。また、非原住民や外国人でも受験することができる。非原住民はあくまで自分の言語能力を測るためや、原住民族の文化を知るために言語を学びたいなど受験をする理由は様々だ。

 年間受験者数は例年1万~2万人ほどで、昨年の合格者はその約4分の1である。Walawさんは「この合格率は高いほうだ」と言っていた。また、受験者の中では学生が目立つ。これは上記に述べた、受験でのプラス評価制度が関係しているのではないかと考える。男女比はおよそ4:6とやや女性が多く、合格者も女性のほうが多数派だ。加えて原住民族と非原住民の受験者数の割合は8:2と、非原住民の受験者は少ない。しかし、受験者数が増加傾向であること、また自分と違う文化に興味を持つ非原住民が増えてきていることから、言語検定の非原住民の割合は今後多くなる可能性があると推測する。また学校教育現場や職場での需要が増えれば、受験者にとってのメリットになり、原住民族諸語を守っていくことにもつながると考える。

 

2-4 原住民族諸語の使用状況

 原住民族諸語の使用はこれまでの歴史的背景により、現在の親世代以降が日常会話として使用することがなくなっている。中には、祖父母が日常会話で使用している影響で、原住民族諸語が身について育った人もいるが、言葉は聞き取れても自分で話すことや読み書きすることは困難であったり、多くの人が自分の属する原住民族諸語を正しく理解できていなかったりするそうだ。

 だが、Wasangさんは「最近言語に対する認識が高まってきて、子供に対する言語の教育が表れ始めている」という。「だからこそ我々がもっと子供に対しての教育などを頑張っていきたい」とも語ってくれ、原住民族の文化や言語の在り方がこれから変わろうとしているのではないかと感じた。

 

2-5 仕事のやりがい

 WalawさんとWasangさんは基金会で主に言語研究やレポート作成を行う。言語は常に変化するものであり、原住民族諸語を広く扱うために多忙な毎日を送る。仕事内容の一部として、例えば原住民族が暮らす集落に直接出向き、実際に話される言語を録音し研究に当てる作業などがあるそうだ。つらいと感じる仕事もあり、Walawさんらの上司の指示と現地の原住民族の要望が噛み合わない時が苦労すると語っていた。それでも集落に出向き、現地の人と会ってコミュニケーションを取ることが何よりの楽しみであり、2人にとってのやりがいとなっている。

 

2-6 2人の今後について

 Wasangさんは毎年夏休みに台東県で開催される豊年祭に参加し、お年寄りの方に交じって歌やダンスを学んでいる。Wasangさんも「中高級」まで取得しており、言語の勉強に熱心だ。「これからもっと勉強を頑張って『高級』を取りたい、もし試験が通ったら先生になって小さな子に向けて教えてあげたい」と目標を語ってくれた。

 Walawさんは現在、社会人向けに原住民族諸語の学習ボランティアをしたり、7~8月頃に花蓮県で開催される豊年祭に毎年参加したり、原住民族文化継承にもとても献身的だ。言語の勉強はWalawさんにとって趣味でもあり、「これからももっと他の言語(原住民諸語の1つであるクバラン語)を学びたい」と言語に対する熱い思いをお聞きすることができた。

 

 

3.PaletjuさんとLjaljavaからの聞き取り 

3-1「LiMA旗艦店」について

 私たちは台湾永康街の「LiMA旗艦店」を訪れた(以降「LiMA」と表記)。LiMAは台北に2店舗あり、永康街の店舗は、2022年の10月5日に開店したばかりだ(画像4)。「TAIWAN TODAY」によると[1]、原住民族委員会が創設しており、アクセサリーや衣服、食料品まで豊富な種類の原住民族商品を取り扱っている。客層は主に学生、観光客が多く、台湾原住民族に興味があって訪れたり、エスニックっぽい柄に惹かれてやって来たりする客もいる。

画像4:LiMA正面

 

 LiMAを訪れると店員1人とアルバイトをしている学生が2人いて、この3人の方は皆パイワン族出身である。2人の学生がインタビューを引き受けてくれることになり、Paletjuさん(男性)は東呉大学の学生の通訳を通して、Ljaljavaさん(女性)は都合が合わなかったため、後日Instagramを通してインタビューを行った。なお、2人の表記は共にパイワン語の名前である。

 

3-2 Paletjuさんの生い立ち

 Paletjuさんは今年の1月からLiMAで働いている。原住民族雑貨店に興味を持ったことと、幼馴染であったLjaljavaさんからの誘いを受けたことがきっかけだ。Paletjuさんの地元は昔パイワン族の集落があったとされる屏東県にある。両親共にパイワン族であるが、集落はそれぞれ異なる。

 現在は国立師範大学に通っており、教育学部に所属し地理を専攻している。言語検定を受けた経験はあるが大学受験ではプラス評価制度は使わずに、師範大学が自分の学力レベルに合っていたことと、教師を目指していた理由でこの大学を選んだ。

 彼はパイワン語を話すことはできないが、聞き取ることはできるという。また、今の若者世代は原住民族諸語を聞き取ることはできても、話すことは出来ないと言っていた。彼の周りの友人もそれぞれ原住民族諸語を学んでいて、文化を知りたいなど興味を持って勉強する人もいれば、親戚関係の人と会話が出来るようになりたいなど、原住民族諸語を学ぶ目的は様々なようだ。

 

3-3 Ljaljavaさんの生い立ち

 Ljaljavaさんも国立師範大学に通っており、教育学部に所属し歴史を専攻している。大学では第2言語として日本語を履修している。

 Ljaljavaさんは小学生の頃からパイワン語を少し話すことができ、現在も故郷に帰った際は家族とパイワン語で会話をするそうだ。しかし、普段は使う機会があまりないので基本的に使われる単語しか理解できないという。文字は読むことが出来るが、その言葉の意味まで理解することも難しい。

 中学生の時には言語検定を受けた経験があり、「中級」まで取得している。現在でも周りにいる友人たちが原住民族諸語を勉強しており、それぞれが自分の部族の文化を伝承するために言語を学んでいると教えてくれた。

 

3-4 2人の今後について

 現在PaletjuさんとLjaljavaさんは大学内のサークル“原住民研究社”の活動に参加しており、原住民族の踊りや自分たちで企画したコンテストなど毎年様々な活動を行っている。

 Paletjuさんは自分の将来について、地元の屏東県に戻って教員になることを考えており、そこで必要となるパイワン語の「中高級」を目指して勉強に励んでいるそうだ。安定した生活が得られることに加え、パイワン族としていられることを理由に頑張っている。

 またLjaljavaさんは、将来についてはまだ考えておらず、逆にやりたいことが多すぎるという。今後も時間があれば原住民族に関する活動は参加したいと意欲をみせ、2人からパイワン族であることの誇りやアイデンティティの強さを感じた。

 

 

4.まとめ

 4人のインタビューを通し、原住民族諸語や自文化に対する思い、アイデンティティの強さが感じられた。特に非原住民でも言語検定の受験をする人がいること、Walawさんのように原住民族の文化を知ろうとする人がいることは、興味深い発見であった。このように多くの人が原住民族諸語の存在を再認識することで、原住民族だけでなく非原住民も親しみを感じ、文化継承にもつながると考える。

 また言語使用状況については、台湾すべての人にとって母語は今や中国語となり、現在の若者や親世代を中心に日常会話として使用する機会が少なくなった。原住民族諸語を守り続けていくことは決して容易ではないことがうかがえる。だが近年では、原住民族諸語に対する個々の活動や台湾社会での変化の兆しがみえ、原住民族に対する人々の理解や関心が高まりつつある。

 

 

 

謝辞:調査においては上記4人の他、東呉大学生の周信宇さんと李宏偉さんにもご協力していただき感謝を申し上げる。

 

 

参考文献

赤松美和子、若松大祐 2022 『台湾を知るための72章』 明石書店

日本順益台湾原住民研究会(編) 1998 『台湾原住民研究への招待』株式会社 風響社

山本春樹、黄智慧、パスヤ・ポイツォヌ、下村作次郎(編) 2004 『台湾原住民族の現在』 草風館 

 

[1] TAIWAN TODAY 「台湾原住民族の商品に特化したアンテナショップ『LiMA』、台北市永康街に登場」(2022年10月6日)」( https://jp.taiwantoday.tw/news_amp.php?unit=148,149,150,151,152&post=226144) 2023年7月7日閲覧